簡易軌道見学会<浜中・別海編>

みなさん、こんにちは!

今回は元長期滞在者の方の勧めで博物館友の会主催の「簡易軌道バス見学会」<浜中・別海編>に参加しましたのでご紹介します。

案内をしてくれるのは釧路市立博物館学芸員の石川専門員です。

当日は午前9時に博物館に集合し、バスで浜中町にある茶内(ちゃない)駅へ向かいました。

茶内駅から北側に砂利道があります。これが簡易軌道跡です。

簡易軌道は、開拓民の入植地において交通の便を図るため建設されたものです。

浜中町軌道は1927年に開通し、拡張していったのち1972年で廃止となりました。

浜中町営軌道茶内線は、茶内駅を起点に東円朱別(ひがしえんしゅべつ)駅・上風連(かみふうれん)駅行き、

西円朱別駅行き、若松駅・別寒辺牛(べかんべうし)駅行きの3系統がありました。

浜中町営軌道は特に沿線の酪農家が生産する牛乳を輸送しており、

下は簡易軌道で牛乳を輸送していた当時の茶内駅の様子の写真とのことです。

また、各酪農家から集まった集乳缶は貸車に積まれ、雪印乳業茶内工場あるいは明治乳業茶内集乳所へ運ばれていました。下の写真は、現在は高梨牛乳が営業している北海道工場と過去に簡易軌道が工場まで引き込まれていた様子を比較したものです。

少しだけ過去の面影が残っているでしょうか。

続いて公園の保存車両を見にいきました。

このような形で公園に展示されております。

車両は、ディーゼル輸送車です。

実は車両の下のレールは旧国鉄で利用されていたレールで、簡易軌道のレールは、周りを囲む柵に再利用されておりました。レール幅が762mmと旧国鉄などの1,067mmに比べ狭くなっております。

その後、茶内のコミュニティーセンターにて昼食をいただきながら、NHKで保存していた「映像でよみがえる簡易軌道と道東開拓のあゆみ」を見せてくれました。戦前・戦後初期に活躍していた馬力を利用した貨車の映像や、客車内を撮影した映像等を鑑賞しました。

休憩後、分岐点となっていた秩父内(ちちぶない)の簡易軌道跡を見に行きました。

こちらは、秩父内に設置されている看板です。

この看板の奥に停留所があります。

こちらがほぼ同じ場所から撮った過去の写真です。

この写真の右端に移っている建物が下記の建物です。あたりは森林で覆われており、よくこの建物が保存されていたなと感じました。

ここ秩父内から簡易軌道は3方面へ枝分かれします。

下の写真は中茶内方面へ向けて秩父内駅から発車する客車の様子です。

続いて中茶内へ向かいました。

浜中町は「ルパン三世」で知られるモンキーパンチさんの出身地です。

こちらは「ルパン三世」を用いた近隣の酪農家をマッピングしたものです。

牛乳を運ぶトラックとすれ違いました。現在はトラックで牛乳を運んでいるんですね。歴史を感じます。

下の写真が中茶内駅から西円朱別方面へ向かう簡易軌道跡です。みなさんわかりますでしょうか?

鉄道に詳しい人はここを列車が通っていたということがわかるようなのですが、私にはあまりわかりませんでした。

続いて西円農業支社前へ向かいました。

こちらは下記のように近隣酪農家から集乳した牛乳を運ぶ前に品質保持のためクーラーステーションでいったん牛乳を冷やしていたところです。

続いて西円朱別駅跡に向かいました。こちらは西円線の終点となります。

こちらが昔終点があった頃の写真だそうです。昔はこの簡易軌道で運ばれてきたお菓子を販売する売店も近くにあったそうです。

続いて上風蓮へ向かいました。「上風蓮」は浜中町簡易軌道の終点駅名でもあり、別海村営軌道の終点駅名でもあるのですが、それぞれ別の場所にあります。

最初に浜中町簡易軌道の終点場所上風蓮(別名:海南)に行きました。

ここからは、別海町教育委員会の方が説明をしてくれました。

実際駅舎のあった場所は下のように原野に戻ってしまっているのですが、線路があった場所にくぼみがあったり、駅舎のあった場所に人工的な穴があったりするところでかすかにここに駅舎があったことを感じさせました。

続いて、別の簡易軌道線<別海村営軌道(簡易軌道風蓮線)の方の終点駅

「上風蓮」に行きました。

車庫はこのように現在も倉庫として利用されております。

別海村営軌道は1971年に廃止となった簡易軌道です。

ここの場所には牛乳を積みこむための機械があったということで、実際に貨車への積み込み作業を行っていた方の実体験についてお話しを伺うことができました。

続いて7号という停留所があった場所から5号という停留所があった場所までが現在農道となっています。歩いて移動してみました。

砂利が通常と違うため、この道がかつて簡易軌道であったことが感じられました。

その後、「学校前」という停留所があった場所を見学しました。

こちらはディーゼル車が導入された後も、しばらく馬力で運送していた歴史があるそうで、そういう歴史があるせいか、近くで馬を飼っていました。

最後に別海町指定文化財の風連線奥行臼停留所跡へ行きました。

 

かつて集乳所があった場所に、自走客車と機関車、ミルクコンテナ車を展示していました。

 

 

こちらで、昔この客車を運転していた方のお話しをうかがいました。冬の運航に苦労されていたこと、またこの簡易軌道が開通する時期に道路開発が進んでいたり、貨物のトラック運送化が進んだことから利用者が少なく、1972年3月末で貨車の運行を取りやめたことを体験談として語っておられました。

また別海町教育委員会の方の配慮で、特別に客車の中に入れてもらいました。

転車台跡も残っておりました。

こちらは奥行臼停留所となります。停留所だけでなく職員の宿舎にもなっていたようです。こちらも特別に中に入れてもらいました。

最後に国鉄標津線奥行臼駅を見学しました。

標津線は、国鉄からJR北海道に運営が引き継がれましたが1,989年に全線が廃止となりました。ここ奥行臼駅は別海町の指定文化財となっており、当時の面影をそのまま残しております。

この回に参加して簡易軌道の歴史がそのまま道東の酪農の歴史につながっていたことに感銘を受けました。

この簡易軌道見学会は大変人気のある会で過去3回開催した中には道外からも参加されていたようです。また、過去にこの簡易軌道を利用したことがある方はこの会を通じて懐かしさを感じていたようです。

もしまたこのような簡易軌道を紹介する企画がありましたら、長期滞在者の皆様にもご紹介したいと思います。

 

 

 

 

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